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2021年9月 6日 (月)

『知的生産の技術』の魔力と呪縛とその先

ちょっとキャッチーなタイトルだけど,トピックを最初にまとめると以下の通り.

  • 『知的生産の技術』が書かれた時代背景等を考える
  • 『科学的』という考え方
  • 今求められていること,今後求められること

1969年に出版された梅棹忠夫著『知的生産の技術』ですが,あまりに偉大過ぎ,いきなり高い頂として世に出てしまったため,聖書的な扱いを受けているように思います.そして半世紀以上経った今でも,そのままの形で解釈しなければ…という原理主義的呪縛があるのではとも考えています.

で,本エントリーは,この偉大な書籍のエッセンスは受け継ぎつつ,現代風に考え,そして発展させるべきではないかというのが主旨です.

『知的生産の技術』の書かれた時代

現在大学生くらいの世代の人が,前情報無しで『知的生産の技術』を読むと,かなり昔に書かれた本であることが分かると思います.実際にその通りで,本書は1969年に出版された書籍であり,今から50年以上前に書かれた本です.未だに版を重ねて多くの人に読まれ続けており,先日本屋で購入したら97刷.たしか100刷は金色の帯になっていたような…の話は取り敢えず横に置きますが,内容を理解する上で,半世紀以上前の時代の中で生み出された書籍であるということを念頭に置く必要があります.

具体的には,時代背景,そして(当然ながら)その後の発明発見や科学技術の進化が反映されていないこと.

まず時代背景を考えると,1969年と言えば1955年から始まった『高度成長期』がまだ続いていた時代です.1956年の経済白書に『もはや戦後は終わった』という言葉が出てきますが,『復興させて食えるようになる為の戦い』から『豊かになるための戦い』にシフトした時代と言えましょう.そして産業構造の変化も始まっており,1963年には梅棹氏の『情報産業論』が世に出ています.コンピューターが一般化して『高度情報化社会』が叫ばれるようになるのはもう少し先の話ですが,古めかしい言葉を使うと,『情報処理』が注目され始めた時代でもあります.

少し技術系・工学系の人向けの話をすると,最初のマイクロプロセッサ/CPUと言われるインテル・ビジコンの『4004』が開発されたのは1969年,現在多くの人が直接的/間接的に使用しているLinuxのOSとしての原点となっている『UNIX』がDECのPDP-11の上で動き始めたのも1969年.そしてインターネットの元となったARPANETが産声を上げたのも1969年です.情報の技術革新のキーテクノロジーの萌芽が,ほぼ時を同じくして生まれていることに奇妙な偶然を感じます.

そして少し話を戻すと,『知的生産』と定義された活動が一般化して広く認知され始める少し前の時代でもあると言って良いと思います.梅棹氏が『知的生産』をどのように定義したかは本書を読んで頂くとして,『生産』と言えば物理的な『何か』を身体を動かして作り出す作業であり,汗水流して労働することが美徳と考えられていた時代です.そして『知的な活動』とは,一般とは違う階級(?)な方々のものであるという雰囲気があったことは想像に難くありません.そのような中,京大という日本屈指の最高学府の先生が,『主婦のこんな活動も知的活動である』と論ずるわけです.知的活動のデモクラシー運動とでも申しましょうか.

数字を用いて時代背景を説明しますと,1969年と言えば,大学の進学率は22%です.2020年度の統計で見ると,現代は現役での大学進学率が54%を超え,短大その他も加えた高等教育進学率は84%になります(文科省データ).女性に至っては,大学進学率が1965年に4.7%だったものが,2017年に49.1%となっており,10倍を超える伸び率になっています(男女共同参画局データ).

要は,今から見ると『学問』の扉がまだ一部の限られた人にのみしか開かれていなかった時代だったということです.そして『研究』を出来る人は,大抵は自身の実家か妻の実家が裕福であるか,資金援助をするスポンサーが居るかという人が大半であった時代です.当時の研究者を特権階級とまでは言いませんが,今のように半分以上の人が大学に進学し,その殆どが論文を書いて卒業し,更には1割程は大学院に進学し,更にその一部は研究を生業として収入を得る職に就くという時代とは異なるわけです.ちなみに梅棹氏も,裕福な家庭の生まれでした.

そのため,『当時は今と異なりPCが無い,インターネットがない,SNSが無い』という点で論じられることが多いのですが,そもそも『知的作業』や『知的生産』に対する社会的な意味合いが,今とは異なることを念頭に置かねばならないのではとも思います.

本書の中で『家庭の主婦さえもが』という記述が繰り返し出てきているのもそのせいです.おそらく当時の一般の人の感覚では,家事は単純な肉体労働で知的作業の対極と考えられていたんじゃないかな.時代の違いを感じます.

このほか当時であれば『究極の知的生産』と言われたかもしれない論文作成も,現在は人口の半分以上の人が1回は行っている(卒論)わけです.そして普通の人が普通に行っているごく普通の『情報処理』も,当時の人から見たら『正気の沙汰とは思えない.人間の処理出来る量ではない』と,思われるかもしれません.

まぁ私もその時代には生まれていないので(笑),雰囲気や空気感は想像になるのですけどね.

『科学的』という考え方

少し回り道になるかもしれませんが,梅棹氏の文化人類学という専門分野についても,研究方法やアプローチの仕方を理解しておく必要があると考えています.

とは言え,私もその道の専門家ではなく,民博からフィールドワークに出ていた大学院の同期(ある意味,梅棹氏のDNAを受け継ぐ人達…かな.たまに研究室にドリカムのコンサートが聞こえてくると言われて裏山…)から色々と話を聞いてということなのですが.研究の基本は,徹底的に調査対象に寄り添って調べ,長期間観測するということだと理解しています.大学での合宿の際に,『(博士課程後期を)3年で卒業出来たら良いね』なんて話をしたら,『うちの学部は3年で卒業出来る人はいないよ.長期間フィールドワークに出るから』なんて返されたことがありました.色々な意味で大変な学問分野だなぁと思いましたが,他学部の私も結局6年費やすことになりました(笑).

まぁそれはさておき,少し別の言い方をすると,現象や事象を外から観測し,記録し,そこから仕組みや原理を考察したりもする学問であると私は理解しています.これって対照を民族からヒトに置き換えると,『認知心理学』という分野になります.

『心理学』と付くと,雑誌などに載っている血液型判断的な話を想像して胡散臭さを感じる人が多いかもしれませんが,違うんです.心理学は科学なんです.『対象を客観的な方法で系統的に研究する活動』の一領域なんです.

例えば心理学の歴史でよく引き合いに出されるのは,1910年のパブロフの実験です.そう.『パブロフの犬』で有名な,条件反射の研究です.犬にメトロノームを聞かせた後に餌を与えていたら,やがてメトロノームの音を聞くだけで唾液を分泌するようになったという実験です.そして刺激(この場合はメトロノームの音)と反応(同,唾液の分泌)を直接的に結び付けるのを『行動主義心理学』と呼びます.そして刺激に対して(例えばヒトの脳内で)何らかの処理が成されることにより,反応が現れるという考え方を『認知心理学』と呼びます.

ヒトをコンピュータに置き換えると分かりやすいですよね.キーボードを打つ(刺激の入力)と,プログラムが処理をし,結果がモニタに出力する(反応が出力される).外から観察し,入力と出力の関係からプログラム(認知モデル)を考察したりするわけです.実際,情報科学の考え方が取り入れられて『認知心理学』が生まれたとも言われています.また,今流行のニューラルネットワークをベースとした人工知能も,ある意味この研究分野の近い所から派生しています.

さて,前振りが長くなりましたが,『知的生産の技術』のテクニックも,実は認知心理学的な知見の積み重ねで全てが説明出来るのではないか,そして同様に,最適手段を科学的に発見/発明/証明出来るのではないかというのが私のスタンスです.

敢えて誤解を恐れず言いますと,巷には『○○という方法を使うと生産性が上がる』という方法論が書かれた書籍が溢れています.しかしその大半は,著者個人や少数グループ内での経験的な成功則でしかありません.内容の正誤は別として,科学的ではないんです.では科学的に証明するというのはどういうことかと言うと,例えば複数の被験者を2群に分け,検証したい条件以外を同じ条件にして実験を行います.そして結果を統計分析し,操作した条件の差によって確かに違いが出たかということを確認します.単純に『○○したら平均点が上がった』というだけではダメで,統計的に有意差が出ないと違いがあるとは言えません.有意差が出るには,検証可能な十分な人数で実施され,確かな差が見られる必要があります(この辺りのニュアンスは説明しにくいのですが,僅かな差しか出ない内容の場合多くの被験者数が必要になり,非常に明確に差が出る内容の場合,被験者数が少なくても良い場合があります).

具体的な例を挙げた方が良いですね.

ノートに手書きでメモを取るのと,パソコンでメモを取るのとで,どちらの方が学習効率が高いでしょうか.一般的に,ないしは経験的に,『手書きの方が理解が深くなり,記憶にも定着する』と,感じている人が多いと思います.しかしコレだけでは,普遍的な事実として証明されているとは言えないし,科学的ではありません.

有名な実験ですが,2014年にこの課題に対してプリンストン大のMuellerらの研究グループが心理学実験を行いました.詳細に関しては論文を参照して下さい.要約すると,ノートPCでメモを取っていた群は講義の内容をそのまま書き写す傾向が高く,そして事後に事実確認と内容理解のテストを行ったところ,手書き群より成績が悪かった(有意差が出た)という報告です.科学的に証明されたわけです.

このような知見を積み上げることにより,例えば,箇条書きの効果であるとか,メモに書き出さずに覚え続けながら作業をしようとすると(GTDをしない場合)どのくらいパフォーマンスが落ちるか等々,色々と興味深い結果を得ることが出来るのではと思います.なんとか時間を作って,この分野の論文の海を泳いでみたいです….

 

そして『知的生産の技術』が世に出た以降に素晴らしく進展した科学分野に,『脳科学』があります.眉唾な内容の権威付けで使われる場合もあるため,心理学同様に一部の方にとっては,信頼感が低いかもしれません.しかし,fMRIやMEG,NIRSや脳波(EEG)を使用してきちんと脳活動を現象として計測し,そこから事実を積み上げた研究の場合は科学です.そして認知心理学のみではヒトを外から観察することしか出来ませんでしたので,『おそらくこういったモデルなのだろう』という所までしか出来ませんでした.ところが近年は認知心理学と脳科学とが結びつき,生理学的にもヒトのメカニズムの説明が出来るようになって来ています.

ただ,病院や医大に属していないとfMRIを使えないという時代ではなくなったとは言え(国内にも,一般の企業や大学の研究室等の組織に対してMRI装置を時間貸ししてくれる施設がいくつかある),脳研究は設備的に大掛かりになってしまうので,ガッツリやろうとするとコスト的にかなり覚悟しないといけない.いずれはテクノロジーが解決すると思うけど.既存の研究の報告を組み合わせ,『コレはあの報告とこの報告を組み合わせて考えると,このような仕組みとして説明出来るのではないか』等,仮説を色々と立てるということは今でも出来ると思うし進められると思う.

簡単にまとめると,(表現は悪いけど)『やってみたら良い結果になることが多かった』で止まっており,何故そうなったのかのモデルや仕組みにまで踏み込めずにいた『知的生産の技術』が,『認知心理学』や『脳科学』により,科学的に説明したり考えられるようになって来ているのではないかということです.ある意味,『科学的知的生産の技術』という考え方が出来る時代になって来ていると言えるのではと思います.

今求められていること,今後求められること

思ったよりも長く書いてしまったので,最後は軽めに.

『知的生産の技術』は,『知的生産』という知的作業の社会的な位置付けを定義したほか,TIPS/方法論的な内容,今のガジェット文化に連なる道具論等様々な種を蒔いてます.ある意味,現在は発散・発展して独自進化している分野もあるように思いますが,時代背景がリンクしない部分を削り,今求められていそうな事を考えると,次のようにまとめられるかなと思う.

『記録する』『整理する』『考える』そして『出力する』ための手法の体系的な整理

屋上屋を架す感がするし,既に繰り返し多くの人が試みていることだと思うけど,過去に出版された書籍だけ見ると,微妙に足りないんです(失礼!).

形態としては,年表を作る感覚でwikipedia的にオンライン上で叩き台を共有し,ソーシャルで常時updateしながら完成に近付けるのが良いようにも思うけど,定期的に固めて書籍化もして欲しい.今大いに盛り上がっている『大全』や,少し(かなり?)前のイミダスのような感じですかね.やはり何か調べたり説明しようとした際に,『手法に関する詳細はこの本/ドキュメント参照』と出来るものがあると,その後の議論の底上げが出る筈なんです.

そのような意味では,こちらの書籍が最も魂の方向性が合っている感じがしているので,次に出版されるであろう書籍に凄まじく期待をしています.

 

そして今後求められるであろうことは,次の2点だと思う.

  • 様々な方法論の科学的な検証と最適化
  • 「気持ちイイ」を科学する

多少個人差はありますが,人間同士で生理学的な構造に大きな違いがあるわけではないので,前述の『記録する』『整理する』『考える』『出力する』という事に対する脳の適切な使い方,そしてその入力方法や出力方法を絡めた方法論は,ある程度最大公約数が出来ると思うんです.なので,様々な方法論の正誤とか優劣ではなく,『何故この方法が良いのか』という科学的な根拠を調べたり,また,結果的に『○○するためには△△のような方法が実は好ましい/最適と思われる』のような方法論を編み出したりも出来るのではと思う.

後者に関しては,これからの部分でもあると思うけど,どのようにすると『気持ちイイ』となるのかという話です.効率が良くても気持ち的にシンドイのって,やり続けるのが辛いじゃないですか.なので,心の『負荷が軽い』方法論であるとか,はたまた『気持ちイイ上に成果も出る』方法論とかを,感情を軸足にして検討して行くのも大事かなと思う.ベクトルがかなりズレるかもしれないけど,『幸せ』って『気持ちイイ』の延長線上にあると思うんですよ,個人的には.

で,心理学実験をはじめとするアンケートでは,5択や7択の選択式で感情的な快不快を答えさせたりすることもあるけれど,最近は心拍変動や発汗,その他の生体信号で『身体は正直ですね』的に客観的に計測する技術も進んできています.前述の『科学的』にも絡むけど,『知的生産の技術』を感情面でも科学的に検証出来る仕組みが出来上がりつつあるわけです.

知的作業も肉体労働も,シンドイのが当然で苦労するのが美徳的な考え方が根強いじゃないですか.でも実は,『こんな方法を使うと楽しく勉強できる』とか,『この方法を使うことにより気持ち良く成果が出せる』なんてものが科学的に編み出せたら,素晴らしいしワクワクして来ると思うんです.なので,スポーツの世界がスポーツ科学によってウサギ跳びの根性論からシフトしたように,知的生産の技術も科学によって革新が進むかななんてことを期待しています.

で,究極的には『ヒトを知る』に辿り着く事になるのかもしれないですな.

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