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2012年8月 7日 (火)

あの遭難事故を扱った本が文庫になりました:トムラウシ山遭難はなぜ起きたのか

私はこちらの版 で読みましたが,先日低価格な文庫本が出たのでご紹介.

この書籍が題材としているのは,2009年7月に発生したトムラウシ山遭難事故(wikipedia)です.ツアー客が悪天候に見舞われ,最終的に低体温症で8人もの死者を出した山岳遭難事故です.

著者として名前を連ねるのは,山岳系の書籍を数多く執筆されている(*)羽根田治氏や各分野の専門家.山登りをする人,リスク管理を考える機会のある人,スポーツ医学に興味のある人,極限に置かれた人間の行動に興味がある人には是非読んでもらいたい書籍です.

(*)何れも非常に興味深く,引込まれるように読み進めてしまいます.特に遭難系の書籍は何れも甲乙付けがたく,時間があれば全てを読破して欲しいくらい.遭難に至るまでや『その』の瞬間,どのような酷い状態待ち受けていたか,如何に危機的状況から離脱したか/命を落としたか,そして得られる教訓等を取材を通じて解き明かしていきます.『滑落して大けがを負い,炎天下で頭部の傷に蛆がわき始め,目に入ったのを取ろうとしたら…』なんて非常にエグイ状況の話まで出てきます.ノンフィクションのインパクトは重いし凄い迫力.

wikipediaでも遭難の流れを掴めますが,

  • ほぼ全員,初めて顔を合わせる人達が集まったツアー
  • 各人のスキルや装備にむらがあった
  • 山小屋できちんと休めなかったり,雨漏りのために装備を濡らす人が続出
  • その後の予定や後続のツアーが来ることもあり(?),崩れた天候を押して山小屋から出発
  • 暴風に晒されながら進み,体力を奪われる
  • 雨のために水量を増した川を渡渉する際に,ずぶ濡れになったり吹き曝しの場所で長時間待機し,体温を奪われる人が続出

ここから目を覆いたくなるような状況が始まります.正に死の行進.

詳しい状況は書籍を読んでもらうとして,その後の大量遭難に至るまでの大まかな流れを書くと,

  • 渡渉直後に低体温症で倒れる人が出始め,歩行困難になったメンバとガイド1名が近くでビバークし,救助要請
  • 他のメンバは先に進んで下山を急ぐが,パーティーの列が伸びて最後尾から先頭が見えないほどになり,やがてバラバラに
  • 次第に脱落者が出始め,ガイドも低体温症で動けなくなる
  • 点々と死者・脱落者を作りながら,一部メンバは自力で下山
  • 翌日に天候が回復しはじめ,救助作業が本格化.凄惨な状況が明らかに
  • 18人中5人が自力下山.その他のメンバは救助/収容され,7人が生還,8人が死亡(このほか,同時に別パーティーの死者が2名収容された)

という感じです.

途中,犠牲者が出たことに対する責任を猛烈に感じているあろうリーダ格のガイド(死亡)の言動や行動であるとか,途中でたまたま登山道整備業者がデポしていたテントと燃料や毛布を発見してビバークし,意識不明者に対して懸命に蘇生作業を行って生還させたツアー客の話であるとか,低体温症で行動不能になったガイドに対して罵詈雑言を投げ付けた後に自力下山したツアー客の話等々,極限状態における人間性の発露というか,社会の縮図的な話もあります.

そしてこの書籍は,この一連の惨事をリアルに文字で再現するだけではなく,『何が起きていたか』や『何故そうなったか』を客観的にきちんと調査・考察されている点が秀逸です.いや,むしろこちらの解説・考察の方に主眼が置かれています.

具体的には,登山強行が選択された背景,実際の天候はどのような状態であったのか,医学的に何が起きていたか等を専門家の平易な解説で読むことが出来ます.そして同様の事故を防ぐための,(しかし日常生活でも役立つような)示唆に富んだ内容の話を読むことが出来ます.

いくつかピックアップして要約すると…

現地では気温が3.8度~7度.この気温はこの時期のトムラウシではそれ程珍しくはない.しかし風速が20m以上で最大では35m/s程度の風が吹きすさんでいたことが推測されている.そして1m/s毎に体感温度が1度下がると言われており,防寒具を着込んだ上からでも,激しく体温を低下させる環境であったことが推測される.

強風下の移動は,消費エネルギーを劇的に上昇させる.無風時と比較すると,歩くペースを1.5倍~2倍にするくらいのエネルギーが必要.救助後の血液検査の結果(クレアチンキナーゼ:激しい運動により筋肉が破壊されたとき等に出る)が,一般的な基準値と比べて異常に高い値が検出されており,100kmフルマラソン時と同等もしくはそれ以上の値であった.

装備の手入れが結果的に大きく影響する例もあった.ゴアテックスの性能を維持させるためには,適切な方法でのメンテナンスがとても重要.

人体の臓器は低温になるに従って悪い影響が出始めるが,特に肝機能低下による血液の酸性化(酸血症,アシドーシス)が生命に最も大きく影響する減少だと考えられる.

食事で十分なカロリーが取れていないと,発熱のエネルギーが充分に確保できないため,とても危険.トムラウシ山の場合,通常時の登山でも,フルマラソンで 必要なカロリー程度が必要となり,荷物が多かったり,条件が悪い場合は更に必要となる.体脂肪の分解だけでは不足エネルギーの補填は不可能で,消費エネル ギーの6~7割は主に炭水化物などの食べ物から補給する必要がある.特に行動食の有無/内容によっては生死を分ける場合もある.

激しい震えが来たときには既に脳が酸素不足に伴う判断力低下の状態になっており,周りのサポートが必須.震えが来始めた時に即対応をしなければ危険.

等々.

そして事故調査を依頼された金田医師の低体温症のメカニズム,症状と進行の関係,治療法などの話が特に非常に興味深かった.

この本を読むまでは,氷点下の環境で細胞組織が凍り付き,重要な器官の細胞が破壊されて死に至るのが『凍死』であると思っていました.しかし,『疲労凍死』と一般に呼ばれているものは『低体温症』のことであり,厳寒の冬山だけでなく夏山でも発生する可能性があること.その場合は風が体温を奪うことが主な原因であること(特に濡れていると深刻).そして『低体温症になった』と気が付いたときには既に遅く,山では有効な治療が殆ど無いことも知りました.

厳冬期を抜けたGWから初夏にかけても,遭難して亡くなられた方のニュースをよく目にしますが,必ずしも初心者ばかりで無く,きちんとした装備を持ったベテランの方も数多く亡くなられています.このようなことからも,例え十分なスキルを持っていたとしても,低体温症がいかに恐ろしい現象かよく分かります.ましてや,登山の初心者や不十分な知識しか持たない者にとっては….特に山登り/トレッキングをする人には本書の一読をお勧めします.

このほか,本エントリではあまり書きませんでしたが,ツアーという環境要因に対する考察,そして極限状態での意思決定等,登山をしない者にとっても,色々と勉強になる本であります.

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