アホウドリの糞でできた国―ナウル共和国物語
この本は,税金,医療,教育が全てタダ.そして仕事をしなくても,国民全員が国からお金をもらって暮らせる.そして経済格差が無く軍隊も持たない平和な南の島国の話.
そんな楽園のような国があるのかっていうと,ある.
嘘のようなホントの話.いや,正確には『あった』.もっと正確に言うと,『国としては今もある』.名前は『ナウル共和国』.太平洋南西部に浮かぶ珊瑚礁で出来た島で,世界で3番目に小さい共和国.大きさで言うと,品川区や大阪の池田市と同じくらいだそうだ.
その歴史を紐解くと波瀾万丈であり,まるで小説か童話のような様相を呈している.
『遊んで暮らせたら楽しいだろうなー』とか夢想したことは誰しもあると思うけど,国家規模で実践しちゃったのがすごい.で,オチも付いちゃってる.
断片的な話は知っていたのだけど,改めて本でも読んでみようと思って手に取ったのがこの本.
ハードカバーだけど,中身は絵本的で,左は文章,右は挿絵といった体裁.『大人たばこ養成講座』の人が挿絵を描いている.そんなわけで,シリアスな話もドロドロした感情を持たずに読める.漢字にはフリガナも振られており,小学生高学年でも十分読めるレベル.大人が読めば30分もかからないくらいでさらっと読めるくらい軽いもの.じゃぁ中身も軽い本かと言うと,その裏にはヘビーだし考えさせられる話が多い.
前述のような豊かな生活が出来た理由は,珊瑚礁の上に堆積したアホウドリの糞が,長い年月をかけて燐鉱石になったことによる.ナウルに昔から住んでいた人は,ココナッツの栽培や漁業で,自給自足の生活を営んでいたようだ.その後1798年にイギリスの捕鯨船に島が『発見』され,1888年にドイツ領となったのだが,翌年には莫大な量の燐鉱石が発見される.燐鉱石は肥料の原料などに使われるものだけど,ナウルでも大量に採掘され,そして輸出された.
尤も,昔は欧州資本の会社が採掘をしており,この会社は大変潤ったようだけど,現地の人には利益の中からほんの僅かなものを与えるに止まっていたようだ.ただ,それでも十分生活出来たようだ.
その後島を領有する国は英国(オーストラリア),日本,米国と次々と変わっていくが(占領や委任統治等による),1968年に独立.そして燐鉱採掘会社を国有化した.
その結果,燐鉱石の輸出によって得られる膨大な利益が,ピンハネ無しで国に入って来ることになった.そしてナウル共和国は,この利益の半分を国家予算として使い,残りの半分は燐鉱石採掘場の土地の地主(ほぼ国民全員)に配分することにした.するとどうなったかというと,国民の全員が働かずして潤沢な生活費を貰えることに.
本書によると,1981年の国民一人当たりのGNPは推定値で,20,000US$で,当時の日本の9,900US$はおろか,米国の13,500US$すら大きく上回っている.凄すぎる.感覚的には『全国民に対し,1世帯当たり毎年1千万あげます.それもずっとね』という感じでしょうか.(これは換算が強引すぎるかもだけど)
これだけの不労所得が継続的に貰える仕組みが出来た結果,人々は働かなくなり,働いているのは出稼ぎで来た外国人ばかりという状況になったんだそうな.そして食事は全て外食.人々は太りまくり,3人に1人が糖尿病と言われるほどの惨状に.
日本であれば,美食を堪能しつつもダイエットに励むと思うのだけど,ナウルは太っていた方がカッコイイという文化のため,行く所まで行ってしまったらしい.国会議員の数は奇数だそうだけど,大抵誰かがオーストラリアに糖尿病の治療のために行っていて会議を欠席しており,重要案件の採決を取っても,賛成反対同数で議長の意見が通る(賛否同数の場合は議長が決定権を持つそうだ)という状態が続くという笑うに笑えない状況も引き起こされた.
まぁ国民全員が幸せに暮らしていればそれはそれで良いのだけど,当然ながら資源は無限ではない.こんな状態がいつまでも続くわけがない.そして燐鉱石は20世紀中に枯渇すると見られたため,有志は燐鉱石に依存しない将来を切り開くため,海外投資等を開始.慣れないことに手した結果は御想像通り.そして1989年に燐鉱石の採掘量が減り始め…
その後の凄い状況は,本書を読んだり ぐぐったりしてみてください.
長々と歴史の概要を書いたけど,まるで童話に出てきそうな展開.でも,ノンフィクション.そして現在進行形.本書に書かれているのは2005年までの状況だけど,ざっとネット上を調べた限りでは,ここまで丁寧に最近の状況まで網羅出来ている資料はなかった.興味のある人は,読んでみてください.[Amazonリンク]
何とか収入の柱を…と,あがく下りを読んでいて頭に浮かんだのはこれ.そして『今が良ければいいじゃん』とか,『その場しのぎの対応を採る』国民/政治家の話を読んでいて,どこの国もあまり変わらないかもとか思えてしまった.
でも一番興味深かったのは,『これってベーシックインカムを実現したらどうなるかという,国家規模の壮大な実験じゃ?』という点.
日本で実現したらどうなるかとかは分からないけど,生まれたときから働かなくても不自由無い生活を続けていたら,やはり『労働』ということに対する意欲を失うんじゃなかろうかという気はする.労働の原点は,やはり衣食住の確保という点にあると思う.また,日本で言う『健康で文化的な生活』が維持出来ていたら,かなり快適な生活とも言えるんじゃなかろうか.
え?労働は単に食うためにするものではない?
確かにそういう部分はあると思う.
同僚とかと『もしも宝くじ当ったら-』なんて世間話をすると,大抵の場合は『当っても会社辞めずに,そしらぬ顔をしてそのまま働くよなぁ』という結論に落ち着く(『1億印税入ったら,ソッコーで会社辞めますよ』と,仰った編集者も居ましたが(^^;).
でも,この本とかこの本を読むと,実際に大金を得た場合にも勤労意欲を維持し,普段通りの生活を維持するのはかなり困難な感じがする.元々金持ちなら別だけど.あ,いや,後者の著者の方は,何とか踏ん張っていると思います.
数年前までは学習心理学関係の実験をする機会が多かったのだけど,『人間ってやっぱ(生得的な仕組みで?)楽な方を選ぶよなぁ』なんて思うことしきり.これが全てのことに当てはまる普遍的なモノであるとは思わないけど,意識的に/環境的に厳しい方向に向けられないと,人はどんどん何もしなくなってしまう感じがする.
ちなみにナウルでは,100年も働かずに食えていた関係で,人々は何をどう働いたらよいか分からない…という笑えない状況みたいだ.
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